松江地方裁判所 昭和32年(行)9号 判決 1958年10月24日
原告 原田恒松
被告 邑智町議会
主文
被告が、昭和三二年八月二三日の議決でなした、原告を除名する旨の処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は、被告議会の議員であるところ、被告は、昭和三二年八月二三日、(1)議会において地方自治法第一三二条に該当する行為があつたこと、(2)議会の決議を忌避したこと、(3)議会の秘密を漏洩したことを理由として、原告を除名する旨の決議をなし、同日、原告に対して、この除名処分の通知をした。
二、しかし、被告の右処分はつぎの理由によつて、違法な処分であるから、取り消さるべきものである。
三、まず、被告議会の会議規則によれば、議員を懲罰に付する場合には、これを特別委員会において審査することになつているのに、この手続がとられていない。
四、除名処分をするに際し、原告に弁明の機会を与えるのが、条理上当然のことであるのに、原告は、この機会を与えられていない。
五、原告は、前記除名処分の理由となつたような行為をしたことはない。
六、よつて、請求の趣旨記載の裁判を求めるために本訴に及んだ次第である。
と述べ、
被告の主張に対して、
一、第二項の事実については、そのうち、被告議会が、昭和三一年九月頃、邑智町が町内の農業協同組合に対する借入金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を含めて合計金五一、五〇〇、〇〇〇円の借入金返済のため、政府から財政再建債の借入をすることを可決したこと及びその決議に基いて町長が政府に対して、再建債の借入を申請し、同額の金員を借り入れたことは認めるが、その余の事実を否認する。原告は被告主張のような発言をしたことはない。殊に、被告主張の昭和三二年八月二二日の議会本会議は開会直後本会議を止めて協議会に移されたものであつて、同日の本会議では原告は、全く何らの発言をもしていない。同日の協議会においては、原告は単に、町長が農協に対する一〇、〇〇〇、〇〇〇円の負債返済の目的を含めて、再建債を借り入れながら右負債を返済していないのは何故かという旨の発言をしただけであり、原告のこの発言は、被告議会の議事進行を妨害するものでないこと勿論であるし、他に何らの妨害行為をもしていない。
二、第三項の事実はそのうち、議員により議場を浄土寺に変更し同所で協議会を開催すべき旨の提案がなされ、多数の賛成のあつたことを認めるが、その余の事実を否認する。
三、第四項の事実を否認する。同日午後浄土寺において協議会を開くことになつた際、原告もまたその場所に移るべく書類を鞄に納めるなど席を立つ用意をしていたところ、波多野副議長が傍らから「執行部に任せてやつてはどうか」という旨のことを話しかけたので、「この問題(前記再建債と農協債務の問題)は任せるとか任せぬとかの問題ではない。正しいか正しくないかの問題であると思う」旨を答え、町役場玄関まで出たところ、浄土寺の方へ行く議員と亀遊亭の方へ行く議員とがあるので、これでは十分な協議会にはならぬと考え、自宅へ帰ることにしたものである。
四、第五項については、農協寄付の問題は、被告議会の議題ではなく、しかも、その性質からして秘密事項でもない。地方自治法第二四四条第一項の規定からしても、町財政については、秘密があつてはならないものである。加うるに、昭和三二年八月二一日現在の事情としては、もはや秘密にすべき事柄ではあり得なくなつていたのであり、いずれにするも県庁地方課職員にこれを告げることは秘密の漏洩にならない。
五、もし、仮に原告に不穏当な発言があれば、議長は、これを制止し、又はその発言を禁止し、又は退場を命ずることができる(地方自治法第一二九条)。又、議員も議長の注意を喚起することができる(同法第一三一条)。しかし、昭和三二年八月二二日において、このような議長の権限の発動もなく、議員からの注意の喚起もない。これは、原告の当日の行動には何ら非難すべきことのなかつたことを示すものである。
と述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め答弁及び抗弁として、
一、原告主張の事実中第一項の事実、特別委員会における審査手続のとられていない事実及び原告に対し、弁明の機会を与えなかつた事実を認めるが、その余の事実は否認する。
二、被告議会は、昭和三一年九月二二日の議会において邑智町が町内の農業協同組合に対する借入金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を含めて合計金五一、五〇〇、〇〇〇円の借入金返済のために政府から財政再建債の借入をすることを可決し、その決議に基いて、町長が政府に対し、再建債の借入を申請し、同額の金員を借り入れたが、原告は、右議決に参加し、賛成したのに拘らず、昭和三二年八月二二日の被告議会の定例本会議において、日程昭和三二年度追加更正予算審議についての劈頭、町長列席の協議会で、緊急発言を求め、「被告議会が農協に対する借入金支払のために財政再建債借入決議をしたことはない。町長は議決がないのに再建債の借入をしているが、それは公文書の偽造である」という旨の発言をし、議事の運営を困難に陥らしめた。
三、原告の右不当な発言のために議事の進行が妨げられたので、被告議会は、議事運営について、協議会を開いたが、原告は、右主張を頑強に固執するので、やむなく、同日午後二時三〇分に再開した本会議の席上、三上議員が発言を求め、「協議会における経過では、議会の運営は不可能であるから、この空気を一新するために議場を浄土寺に変更し、同所で協議会を開催して事態を収拾してはどうか。」との提案がなされ、多数の賛成があつた際、原告は再び前記の主張をくり返したうえ、「このような行動をとる委員会や議会には一切出席しない。自分は独自の考えで別個の立場で行動するから退場する」という旨の発言をし、退場の準備をした。
四、そこで議長は、何とかして、議事の円滑な運営をはかろうとして、原告に対し、退場せずに会議に参加してくれるように要請し、ついで、水戸議員が慰留したが、これに応じないので、議長の意を受けた波多野副議長が態々原告の議席に行き、退場しないで議事に参加してくれるように懇請したところ、原告は、同副議長に対し、不遜の態度で、「やかましい。くされ副議長。だまれ。お前の席に坐つとれ。」と大声叱呼して退場した。
五、被告議長は、昭和三一年六月二〇日、町財政再建債の借入について議会を開き、出席議員二一名全員の賛成で秘密会を開き、議事を進行したが、その際邑智町は町内六農業協同組合に対する無利息一〇ヶ年賦払の負債について再建債借入の際には一時払するが、この場合、六農協においては、その理事者の専決処分で、町に対し、金五、〇〇〇、〇〇〇円を寄付すること並びにこの寄付申出は秘密に付すべきことの申出事項が議会に諮られたのである。この事項については、まだ、未解決のものもあるのに拘らず、原告は、右秘密会に出席し、その議事内容は秘匿すべきものであることを知りながら、昭和三二年八月二一日、これを濫りに島根県庁地方課員に漏洩し、ついで、同年八月二二日、公開の被告議会において、発表したものである。
六、前記第二項ないし第四項の事実によれば、原告は(一)被告議会において決議のなされたことをことさら否認し、議会をひぼうして、以て議会の権威を傷つけ、(二)議会を忌避して議員としての職責を濫りに放棄し、(三)副議長及び町長を侮辱してその名誉を傷つけると共に自らの議員としての品位を失墜するに至る無礼な言動に及んだものというべく、第五項の事実は、原告において、議会の一部である秘密会における議事内容の秘密を故意に外部に洩らし、被告議会の存立活動を著しく妨げたものであるので、被告議会は、その秩序及び権威を保持せんがため、懲罰権を行使したのである。
七、被告議会は、本件除名処分をなすに当り、原告に一身上の弁明をする機会を与えなかつたが、この機会を与えねばならないという法的根拠はなく、又仮りに弁明の機会を与えねばならなかつたとしても、原告が議会を忌避して別個の行動をとる旨の発言をしている以上、原告に対して弁明の機会を与えてもこれに応じないことは明らかであるから、いずれにしてもその手続を経なかつたことは違法でない。
八、本件除名処分は、昭和三二年八月二三日、総議員二五名のうち、二三名出席の議会で三上議員が議員三名以上の賛成で原告の前記第二項ないし第五項の行動に対し、懲罰の動議を提出し、議員一八名の同意を得てなしたものであるが、この手続は、地方自治法第一三四条、第一三五条、被告議会の会議規則第三八条第二項によつたものであり、第二、三項の行動は地方自治法第一二九条第一項、第一三一条、会議規則第三七条の規定に、第四項の行動は、地方自治法第一三二条に、第五項の行動は同法第一一五条の規定によつて懲罰の理由となるものである。
九、原告は懲罰事犯については、会議規則によれば、まず特別委員会に付託審査させることになつていると主張するが、同規則第三八条第二項によれば、事犯後二日以内に議員三名以上の賛成で会議に懲罰動議を提出し、懲罰の決議をすることができるのであつて、この場合には特別委員会の審査を経る必要はないと解すべきであり、本件除名処分は、この手続によつたものである。なお、この条文の解釈については、被告議会も議長も同一の見解である(会議規則第三九条)。
一〇、仮に本件除名処分が違法であつたとしても、それは、被告議会の秩序及び権威保持のため、やむを得ず行つたものであり、一般町民もこれを支持しているし、原告は、既に被告議会の議員として選挙人の代表である公人としての言動を逸脱している実情にあるから、本件除名処分を取り消されることは、公共の福祉に反するものである。
と述べた。
(立証省略)
理由
原告が被告議会の議員であつたところ、被告が、昭和三二年八月二三日、(1)議会において、地方自治法第一三二条に該当する行為があつたこと、(3)議会の決議を忌避したこと、(3)議会の秘密を漏洩したことを理由として、原告を除名する旨の決議をなし、同日、原告に対して、この処分除名の通知をしたことは、当事者間に争いがない。
そこで、本件除名処分の理由の存否について判断する。
一、秘密漏洩について考えるに、原告がいかなる発言をし、県庁地方課の職員にどのように伝えたかについて争いがあるが、証人波多野一之の証言によれば、被告において、原告が公表すべからざる事項を発表したと主張する昭和三二年八月二二日の被告議会には、傍聴者がないことが認められ、また、被告において、原告が議会の秘密会における議事内容を漏洩した相手方と主張する県庁地方課において、原告に応接したのは、財政再建関係の事務を担当している係長足立保であることは、証人足立保の証言によつて認められ、且つ県庁地方課が、市町村に対して、協力指導を与えるための機関であることは、公知の事実であるうえに、前記足立証人の証言によれば、邑智町及び同町議会の役員、議員が、本件除名処分以前から、一見、不必要と思われることまで、何かにつけ、県庁地方課に相談して、指示を仰いでいた事が認められるので、仮に、原告に被告主張のような言動があつたとしても、これをもつて議会の秘密を漏洩したということはできない。よつて、この点を除名処分の理由とする被告の主張は、失当であるといわねばならない。
二、つぎに、昭和三二年八月二二日の議会における、原告の言動についての被告の他の主張について判断する。証人上田勝太郎、同尾原英夫の各証言及び原告本人の供述によれば、原告は、同日午前の被告議会の協議会において、再建債の借入ができているのに、農業協同組合に対する借入金の返済がなされていないのは何故かという趣旨の発言をしたことはあるが、同日午前の本会議、協議会で「被告議会が農協に対する借入金支払のために、財政再建債借入決議をしたことはない。町長は、議決がないのに、再建債の借人をしているが、公文書の偽造である。」というような発言はしておらず、また、午後の議会においても、このような発言をしておらないことが認められる。この認定に反する証人三上影雄、同大谷定人、同森脇潔、同上田政雄、同井川定保、同波多野一之の各証言及び被告代表者本人の供述は、いずれも信用しがたく、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。
そうすると、昭和三二年八月二二日の被告議会及び協議会で、原告が、前記不法な発言をしたとの被告の主張は理由のないものといわねばならない。
三、ついで、証人三上影雄、同大谷定人、同森脇潔、同上田政雄、同井川定保、同波多野一之の各証言及び被告代表者本人の供述によれば、同日の被告議会において、午後、三上議員の会場変更の提案があり、拍手多数があつた後、原告は「このような会議には出席しない。自分は独自の考えで別個の立場で行動する。」と申し向け、且つ、自席付近に来た波多野副議長に対して、「やかましい。くされ副議長。お前の席に坐つとれ。」という旨の発言をしたことが認められる。この認定に反する証人上田勝太郎の証言及び原告本人の供述は、いずれも信用しがたく、他にこの認定に反する証拠はない。
そして、弁論の全趣旨によれば、当日の被告議会は、町の財政問題で、相当町長が苦境に追い込まれたので、その事態を収拾しようとして、三上議員が、会場を他に変更しようという妥協的な発言をし、事を穏便に片付けようとし、これに多数者が賛成したのを、原告においてあきたらず思い、前記のように、「このような会議に出席しない。自分は別個の立場で行動する。」と申し向けたものであつて、決して、議会の決議を忌避したものではなく、また、右の不満の感情が、その直後更に原告を慰撫し始めた波多野副議長に対し、前記のような「やかましい云々」の言辞となつたものであることが認められる。そして、事情はともあれ、同副議長に対する右のような言辞は、議会における議員の行動として穏当を欠くものということができる。
なお、原告本人の供述によれば、原告は、同日の午後、会場変更後の被告議会の協議会に出席していないことが認められるが、この事実に前記弁論の全趣旨による認定事実を綜合すれば、この欠席の行為は三上議員が妥協的な措置に出でようとし、これに多数者が賛成したのを、原告において、あきたらず思つたためであることが認められるので、原告の右欠席をもつて、直ちに議会の決議の忌避ということはできない。(なお前記尾原英夫証人及び波多野証人の証言によれば、訴外尾原英夫議員及び訴外波多野一之議員も会場変更後の協議会に欠席していることが認められる。)
結局、以上の認定を綜合し判断するに、本件は、昭和三二年八月二二日の午後、原告が、波多野副議長に対して申し向けた「やかましい。くされ副議長。お前の席に坐つとれ」という発言に対し、除名処分を課したことの適否に帰着するものであるが、右のような言辞は穏当を欠くものであることは、前記のとおりであるけれども、前認定のその当時における事情を考え合せると、この言動を理由として、原告を除名処分に付することは、懲罰として著しく重きに過ぎるものというべきであつて、本件除名決議は違法であるといわねばならない。
なお、被告は、仮に本件除名処分が違法であつたとしても、本件処分を変更することが、公共の福祉に適合しない旨主張するけれども、被告の右仮定的主張を是認するに足る事情は、本件にあらわれた全証拠によるも認め難いので、この被告の主張を採用しない。
よつて、被告のなした本件除名処分の取消を求める原告の本訴請求は、除名手続の当否について判断するまでもなく、正当であるから、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 柚木淳 西俣信比古 道下徹)